東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)185号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が、いずれも、原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
(審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、本件審決には、次の点において判断を誤つた違法がある旨主張するが、右主張事実を肯認することはできない。以下、その理由を分説する。
(一) 原告は、まず、引用例記載の技術は押出し直後から最終冷却に至るまでの間を通じての冷却に関するものである、とする本件審決の認定は誤りであり、引用例における冷却は、本願発明と異なり、部分的の彎曲防止を目的とするものである旨主張する(前掲請求の原因四の(一))。しかしながら、引用例に示された技術が、原告の主張するように、押出成型物が口金から押し出された直後の冷却のみに関するものであると解すべき根拠は見当らない。かえつて、成立に争いのない甲第三号証の「セクシヨンの冷却」と題する項の全文及び図面とに徴すれば、引用例は、本件審決認定のとおり、成型物が口金から押し出された直後から、銅、又はアルミニユームの管によつて支持されて冷却用コンベアに移され、引き取られたうえ、切断機によつて一定の長さに切断されるまでの全過程における彎曲等防止のための冷却について記述しているものと認めることができる。原告は、引用例におけるセクシヨン(Section)が「断面」を意味することを右主張の論拠の一つとしているが(被告指定代理人も「セクシヨンという語が断面を意味するとしても」と、原告の解釈に同調するかのような意見を述べている。)、引用例におけるSection又はSectionsという用語を一義的に「断面」を意味すると断ずることは、はなはだ疑問である。断面は切断によつて生ずるものであることはいうまでもないが、引用例において切断が行われるのは、切断機によつて成型物が一定の長さに切断されるときである。成型物が切断される前の過程である冷却工程においては、正確な意味における切断ということ、したがつて、断面という観念が入り込む余地はありえないといわざるをえない。あるいは、切断した場合において生ずるであろう「切り口」の意かとも推測されないではないが、いずれであるにしても、いうところの断面とは具体的に何かが明らかではない。さらに例を挙げれば、題目の「セクシヨンの冷却」、あるいは、最初の節の「セクシヨンが金型を離れる際最初に考えなければならないことは歪みや彎曲のない望ましい形を保つために適当に冷却することである」のそれぞれの文意は、如何に解すべきであるか(「断面の冷却」、あるいは「断面が金型を離れる際・・・・」と解したのでは十分意味が通じないであろう。)。セクシヨンの字義を論拠とする原告の主張も到底採用しがたいものである。
(二) 原告は、本件審決が、引用例における「押出された物の冷却の割合は材料の肉厚に比例する」との文言から、部分的に厚みの異なる成型物についても同じ速度で冷却するには、本願発明と同じように、各部の肉厚に比例した冷却効果を発揮する手段で冷却すべきであるとの結論に達することは当業者にとつて容易なことである、と認定したことを誤認であると非難する(前掲請求原因の項四の(二))。しかしながら、引用例の右記載は、材料の肉厚が厚ければ厚いほど、その厚さに(正)比例して冷却し難い、との意味であることはいうまでもないから、この記載から、部分的に肉厚の異なる材料を同じ時間内に(同じ引取速度で)、均一の温度にまで冷却するためには、材料の肉厚に比例した冷却量を与えるような条件で冷却すべきであると理解することは、当業者にとつて、容易のこととみるのが相当であり、原告の非難は、当らないといわざるをえない。
(三) 原告は、さらに、引用例の方法は、本願発明におけるように、半硬化状態において冷却するものではない、として、この点に関する本件審決の判断を非難する(前掲請求原因の項四の(三))。しかしながら、引用例において示された技術が押出しから引取に至るまでの全帯域における冷却手段に他ならないこと前認定のとおりであるから、その過程においては、当然に、本願方法と同様、成型物の半硬化状態における冷却過程もあるものといわざるをえない。
(四) なお、原告は、本件審決が引用例におけるスチレンと本願方法における硬質塩化ビニールをもつて、均等なものとしたことは誤りであると主張する(前掲請求の原因の項四の(四))。しかしながら、スチレンと硬質塩化ビニールとを均等なものと認める旨の説明は、措辞いささか妥当を欠く嫌いなしとしないが、たとえ、スチレンは硬質塩化ビニールに比して押出口金から出た時の熔融粘度が低いとしても、本願発明の方法における対象物としてみる場合、成型過程における温度変化による彎曲を生ずる点において、硬質塩化ビニールその他これと類似する合成樹脂製品と定性的な特性において異なるところがあるとは認められないから、本件審決の認定は、その趣旨とするところにおいて正当であり、原告の右主張は理由がないものといわざるをえない。
(むすび)
三 以上説示のとおりであるから、本件審決につき、その主張のような違法があるとして、その取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。
〔編註〕 本件における原告の主張は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和三十一年八月四日、「硬質塩化ビニールその他これと類似の合成樹脂製品の成形時に於ける冷却方法」につき特許出願(昭和三一年特許願第二〇、三五八号)をしたところ、昭和三十三年十月三十一日出願拒絶の査定があつたので、同年十一月二十五日抗告審判(同年抗告審判第二、八九三号)を申し立て、昭和三十六年九月六日出願公告決定があり、同年十一月十七日出願公告されたが、昭和三十七年一月十六日積水化学工業株式会社より、同月十七日三菱化成工業株式会社より、それぞれ特許異議の申立があり、昭和三十七年九月二十四日、「本件抗告審判の請求は成り立たない」旨の審決があり、その謄本は、同年十月六日原告に送達された。
二 本願発明の要旨
押出金型から部分的に肉厚を異にする形状に成形されて押出される半硬化状態にある硬質塩化ビニール又はこれと類似の合成樹脂よりなる加工品の各部をその各部の肉厚、すなわち熱容量に比例する冷却効果を発揮する冷却手段をもつて冷却し、この加工品を直線状に硬化せしめることを特徴とする硬質塩化ビニールその他これと類似の合成樹脂製品の成形時に於ける冷却方法。
三 本件審決理由の要点
本件審決は、本願発明の要旨を前項掲記のとおり認定したうえ、本願発明は、特許異議申立人積水化学工業株式会社の引証した本願出願前公知の刊行物であるモダン・プラスチツクス・エンサイクロピデイア・アンド・エンジニアーズ・ハンドブツク Modern Plastics Encyclopedia and Engineers Hand book 一九五二年版(以下引用例という。)の記載事実から当業者が容易になしうる程度のものと認めざるをえず、旧特許法(大正十年法律第九十六号)第一条の発明を構成せず、同法所定の特許要件を具備しないものと認める、と結論し、その理由を次のとおり説示した。すなわち、引用例第一四〇頁には、(イ)「セクシヨンの冷却」と題するポリスチレン押出成型物の冷却についての記載があり(中欄二五行から右欄二九行)、とくに、(ロ)押出口金を離れた変形し易い成型物は均一に冷却されることが特に重要であり、均一性の欠如は製品に歪みや彎曲を生ずる旨(中欄二六~三六行)及び(ハ)押出成型物の冷却速度は材料の厚さに逆比例する旨(右欄五~一二行)記載されており、本願方法と右引用例記載の技術内容を比較すると、本願方法において、肉厚を異にする各部を肉厚に比例する冷却効果を発揮する手段で冷却する、とは、各部を同じ条件で冷却する場合に冷却速度の遅速が起るのを防止し、各部を均一に冷却するような手段で冷却することに他ならないから、両者は、熱可塑性合成樹脂押出し成型物を歪みや彎曲の生じないよう均一に冷却する点で一致し、ただ、(1)引用例には部分的に厚みの異なる押出し成型品の冷却については特に触れるところがなく、(2)引用例の成型品の材料がポリスチレンである点において相違するのみである。しかして、右(1)の点は、引用例の前掲(ハ)の記載は、換言すれば肉厚の異なる成型品を同じ速さで冷却するには、肉厚に比例した冷却量を与える冷却条件で冷却を行うべきことを示しているものであるから、引用例のこの記載から、部分的に厚みの異なる押出し成型品についても、各部を同じ速度で冷却するには、各部の肉厚に比例した冷却量を与える冷却条件、すなわち、本願方法でいう肉厚に比例した冷却効果を発揮する手段で冷却すべきであるという結論に到達するのは、当業者にとつて容易なことであり、(2)の点について、本願方法で問題にしているような温度変化と材料の歪みとの定性的な関係は、ポリスチレンにおいても、ポリ塩化ビニールにおいても格別異なるものではなく、両者は均等なものと認められる。なお、請求人(原告)は、引用例に記載されているのは軟化状態にあるものの冷却技術であるとして本願方法との差異を主張しているが、引用例記載の技術が押出し直後から最終冷却に至るまでの間を通じての冷却に関するものであることは、引用例中の図面に押出機の直後から引取機の直前までにわたる長い冷却帯が示されていることから明らかであり、本願方法でいう半硬化の状態を当然経過するものと認められるので、請求人の主張は妥当ではない。
(本件審決を取り消すべき事由)
四 本件審決は、次の点において判断を誤つた違法のものであり、取り消されるべきである。
(一) 引用例における冷却は、部分的の彎曲防止を目的とするものである。
本件審決は、引用例記載の技術は押出し直後から最終冷却に至るまでの間を通じての冷却に関するものであると認定しているが、誤りである。本件審決における認定は、引用例の一部のみを抽出してした不当のものであり、この局部的に抽出された文言は、これと全文及び図面との関連において解釈されなければならないことは、いうまでもない。引用例は全文が三項から成り立つているとみられる。すなわち、第一項にはセクシヨンが型金を離れる際の空気噴射管の冷却による形の保持法、第二項には真鍮管、あるいは、アルミ管による成型治具、あるいは、案内型金の冷却による形の保持法、第三項には長い冷却用コンベアーによる冷却及び引取速度を押出速度より早くすることによる形の保持法がそれぞれ記載され、その図面には押出機、空気、水、真鍮の成型治具あるいは案内型金、引取ロール、切断機及び部分断面図として、押し出された製品を案内型金、水が図示されており、前記の三項の説明は図面による説明の順序と一致する。このことからみれば、引用例の筆者は、図面を参照しつつ、本文を読ませるように本文を書いたもので、図面以外の特殊な場合をも指して説明しているものとは考えられない。したがつて、引用例は、材料が口金を離れた時の冷却のことを指していると解するのが当然である。
しかも、用語においても、とくにセクシヨン(Section)という断面を意味する語を使用しているのであるから、「均等性の欠如は、よじれや彎曲を生ずるから、変形し易い断面(Section)には均等の冷却がとくに重要である」との引用例における一語は、この筆者が本願発明のような方法を熟知していて、その内容を考慮して記載したものとは考えられない。普通の考え方としては、「変形し易いセクシヨン(肉の薄いものとか、複雑な断面を有したもの)が熔融状態で押し出されてきた時は変形し易いから、まず第一に、空気噴射管で熔融部分が残らないように、まんべんなく冷却し、しかるのちに、成型用治具あるいは案内型金に移して正しい形を保つたまま冷却すると解釈するのが成型上の常識である。この際、均等という語を、肉厚の不均等の場合には、その熱容量に比例して冷却するものとの演繹解釈を予想して使用したものと考えるのは不適当である。また、よじれや彎曲の意味も、ここでは、本願方法におけるような製品全長にわたる一定の半径をもつた大きな彎曲を指しているとは考えられない。実際問題として、本願方法では、半硬化状態において冷却するのであるが、それは材料が口金を離れた時に、行なつたのでは有効な結果は得られず、口金より少くとも五十糎、時としては一米以上離れた案内型金の上で実施されなければならない。この意味からでも、引用例における空気噴射管による冷却は、セクシヨンすなわち、部分的の彎曲防止を指しているものと解釈するのが妥当である。
(二) 引用例には局部的に肉厚の不均一な断面を有する冷却の技術は示されていない。
本件審決は、引用例における「押出された物の冷却の割合は材料の肉厚に逆比例する」という文言を引用して、部分的に厚みの異なる押出し成型品についても各部を同じ速度で冷却するには各部の肉厚に比例した冷却量を与える冷却条件すなわち、本願方法でいう肉厚に比例した冷却効果を発揮する手段で冷却すべきであるとの結論に達することは、当業者にとつて容易なことである、としているが、誤りである。引用例における右の文言は、「肉の厚い材料や引取速度の速い材料に関しては長い冷却の距離を有するコンベアーの冷却装置を必要とする」ことの前提条件として書かれたものであり、また、「引取中の時間に正比例する」の対語として使用されたもので、要するに、肉厚の厚いものほど冷え難く、引取中の時間の短いものほど冷え難いから、肉厚の厚いものや高速で引き取るものには長い冷却距離が必要である、との意にすぎず、この中には、局部的に肉厚の不均一な断面を有するものは熱容量に比例して冷却するということを連想せしめる何ものもない。このコンベアーは、通常、引取ロールの代りに、あるいは、これと共に使用される引取装置であり、成型用治具あるいは案内型金の次の工程に配置されるものであり、このコンベアーに押出物が到達したときは、一般的には、すでに相当の冷却が行なわれており、この段階で本願方法の冷却を行つても、時すでに遅く、大した効果は期待できない。
(三) 引用例は軟化状態にあるものの冷却技術で、本願方法のように半硬化状態において(押出品が押出金型から押し出された直後の状態ではなく、それから暫く時間が経過して半硬化状態になつたとき)冷却するものではない。引用例においては、噴射空気による冷却をするための真鍮あるいはアルミの管は、容易に曲げられ、自由に冷却の変化ができると記載されているだけで、半硬化状態において冷却するという本願方法を推考できる技術は何ら記載されていない。
(四) 引用例はスチロール押出物に関する冷却方法の説明であり、本願の冷却方法とは何らの関係もないものである。本件審決は、ポリスチレンとポリ塩化ビニールをもつて、均等なものと認定しているが誤りである。
スチロールは、硬質塩化ビニールに比して押出口金より出た時の熔融粘度は非常に低く、丁度水飴の程度であるから、垂れたり、よじれたり、曲つた。し易く、また、べたべたとくつつき易いものである。したがつて、引用例の方法においては、口金から出た直後、まず送風機で冷却して垂れやよじれを防止し、次に、水や空気で冷却された保持治具あるいは案内型金に移され、正常な形を保持したまま冷却し、さらに、肉厚の厚いものや、高速で押し出されるものは、コンベアー上で冷却し、引取切断するのである。すなわち、引用例における説明は、スチロール押出物引取上の問題点である粘度の低い押出物を如何に扱うべきかを要点として記述しているものであることは、その全文を通読すれば明らかである。押出物が口金から出た所で、まず空気噴射管で冷却するのも粘度の低いためであり、水又は空気で冷却された成型治具あるいは案内型金の上での形状保持も粘度が低いための工夫であり、長い冷却用コンベアを必要とするのも、そのためである。硬質塩化ビニール押出しの場合は、このようなことは一切必要がない。むしろ、案内型金を水や空気で冷却すると、かえつて、本願方法による彎曲防止の阻害となる。
(昭和四二年九月三日東地民二九判・昭和四一年(ワ)八四一号、タイムズ二一六号二六三頁)